趣ある姿に目が覚めるような冴えた朱色が特徴の堤人形。宮城県仙台市で受け継がれてきた、伝統工芸品です。 現在、その職人として活動しているのは“つつみのおひなっこや”の佐藤さん。
「堤人形の始まりは、江戸時代と言われています。 当時堤町は、伊達政宗公のお城・仙台城の城下町として栄えており、奥州街道の北の宿場町として知られていました。人の往来や物流など、さまざまな繋がりを生み出す要衝であり、加えて良質な土も採れたことから、堤焼という焼き物が発達していったんです。」
堤町は足軽の町であり、堤焼は足軽の内職として始まりした。彼らの冬場の作業として堤人形、松川だるまが製作されていったのです。
「堤人形は誕生以来、歌舞伎役者や縁起物など時々の流行に合わせて、さまざまな形が制作されてきました。そうしたなかで朱色は縁起のいい色として、江戸時代から変わらず象徴的に用いられています。 現在ではその鮮やかな色彩から、インテリアとしても人気がありますね。」
佐藤さんは堤人形を制作について「順調にいっても2~3ヶ月は必要です。」と話します。
一度に大量に焼き上げるため、どうしても粘土を型に入れて乾燥させるまでに工程に時間を要するのです。 そのため、縁起物を焼きあげることの多い堤人形では、次やその次の季節を見据え、作業にあたっているとのお話をしてくれました。
「干支の卯(ウサギ)は特にたくさんつくるため、夏あたりから仕込みを始めています。一般の方々よりも早く季節がやってくるイメージですね。」
佐藤さんの一族は代々、堤人形の制作をされている職人の家系。子どもの頃から堤人形は身近で当たり前な存在だったと話します。
「なんとなく触っていたり、繁忙期には手伝わされたりで、なんというか体に染み付いていましたね。今でこそ堤人形の職人は少ないですが、昔は堤焼きも多くの職人がいたので不思議なことではなかったんです。」
一方で職人以外の世界への憧れもあったと話す佐藤さん。
ピシッとしたスーツを着て、夜遅くに帰ってくる、一家の大黒柱……。そんな子どもが誰しも想像する“父親像”にかっこよさを感じていたというのです。
「僕の父の仕事は堤人形・堤焼の職人ですから、きつい・汚い・危険、いわゆる3Kなわけです。なので僕は最初、サラリーマンとして働き始めました。バブル期だったこともあり、楽しかったですね。」
その一方で多くの人と関わり外の世界での経験を経たことで、伝統工芸を手がける家業の魅力を認識したと話してくれました。
「堤人形は子どもの頃から身近にあった文化なので、当初は大切だという認識がありませんでした。しかしサラリーマンとして出会った方々は、実家の話をすると口々に『それはすごいことだ』『素敵ですね』と返してくれました。 そうしていくなかでだんだんと『堤人形は大切で貴重な文化なんだな』と感じるようになっていったんです。
その想いはやがて『堤人形を父の代で終わらせたくない』という決意へと変化していきました。」
佐藤さんの決意を告げるとお父様は一言「うん」と、応えられたといいます。
息子が家業を継ぐという大きな出来事に対する、意外とも思えるお父様のシンプルなお返事。自分の代で終わってしまうという未来を避けられた嬉しさの一方で、息子に対する心配もあったのでは?と佐藤さんは話します。
「自分が親になったからこそ感じますが、産業としての先行きが見えないことから、親としては、子どもに無理に勧められないなと思っています。そして継いでくれたとして、きちんとやっていけるかも心配です。 父もきっと、私に対して同じ思いを抱いていたのではないでしょうか?」
お父様の「うん」には、伝統工芸ならではの複雑な心境があったのかもしれません。
家業を継ぐと決意したのちは、一度京都の人形屋さんへ修行に出たという佐藤さん。
修行先では、焼物に共通する工程を学び、さらには今も大切にしているある想いを伝えられたと、話してくれました。
「『どの工程も手を抜いてはいけない』それが私の大切にしている、先生から教わった想いです。
先生はこうも言っていました。『制作する私たちにとっては、この焼物は数あるうちの一つかもしれない。けれど、お客様にとっては大切な一つなんだ』と。」
慣れ始めが一番怖い、という何事にも通ずる考え。佐藤さんが先生から教わった想いは、それから30年以上経った今でも忘れられないと言います。
「本当にいい先生に出会えたなと、今でも思っています。
現在も堤人形を作る際は、一つ一つの人形の先にいらっしゃるお客様、その方との繋がりを思い浮かべて制作しています。
人形は作って完成ではなくて、出来上がってからが本番ですからね。お客様のお手元に届くことで繋がりが生まれ、価値が育まれていくんです。
実際、催事などでデパートなどに出店すると、お客様から『何十年も前に買って、今も家に飾ってある』というお言葉をいただくこともあるんですよ。」
年に一回出展している催事では、毎年顔を出してくださるお客様もいらっしゃる、と佐藤さん。そういったお客様とは、人形の説明ではなく、季節のお話や近況の報告をしあうと話します。
「人形を通して出会ったお客様とは、その後も人形を超えて繋がっていくんです。ただ出張の際は、人形と関係のない話をしすぎて『何しに来たんだっけ?』となってしまうこともありますが(笑)」
繁忙期になると、お父様、お母様、お姉さまと家族総出で堤人形の制作にあたるという、佐藤さんのお家。
みんなで堤人形を囲みつつ、無駄話をしながら作業にあたる……。家族と一緒に作業にあたると気持ちも穏やかになる、と佐藤さんは話します。
「仕事といいましょうか、一つの伝統を家族で引き継ぐことってないと思うので、独特な空間ですよね。」
堤人形の伝統を継承しながら、トレンドに乗った新たな型を制作したり、絵の具を現代流にしたりして、工夫を施している佐藤さん。
「今堤人形は、いろいろな方に知っていただく段階にあります。
実は現在、地元に住んでいても、堤人形を知らない、といった人が増えている状況なんですよね。そのため、伝統を大事にしつつも縛られすぎない形で、気軽に手に取っていただける商品を増やしています。
またお子さん向けに体験教室を開いたり、小学校の校外学習の先として利用していただいたりして、より身近に接してもらえるような環境づくりも行っています。
そうしていつかは、伝統的な工程を経て作られた堤人形に触れていただけたらな、と考えているんです。堤人形を通して、地域の方々の想いや努力といった歴史を未来に繋げていきたいと思っています。」
年末の縁起物制作でお忙しいなか、取材に対応いただいた佐藤さん。お話からは堤人形への想い、そこから生まれる繋がりへの大きな愛が伝わってきました。