善光寺の門前町・大門町の歴史を伝えていきたい 武井工芸店・武井哲夫さんの想いとは?

創業は明治26年 武井工芸店の歩み

「武井工芸店の歴史は長く、明治26年にこの地の創業したといわれています。私がこの店を継いだのは昭和50年に入ってからのこと。父親と二人でやっていったなかで、彼が亡くなったのを機に店主となりました。」

武井工芸店外観

武井工芸店5代目店主・武井さんによると、武井工芸店の歴史には近くにある、由緒あるお寺・善光寺の存在が大きいといいます。

善光寺とは日本最古の仏像を本尊とし、約1400年の歴史を持つ無宗派のお寺。全ての人々を受け入れるお寺として全国に知られています。

「お店のある大門町というのは、善光寺の、いわゆる門前町にあたる土地なんですよね。境内に広がる門前町の入り口のような場所だったんです。中山道から別れた北国街道も通っており、開業当時の江戸時代から間もない頃は、本陣や脇本陣(※)の旅籠屋織物屋さんなどが立ち並んでいたといいます。」(※大名など宿泊する場所)

開店当初は食品を多く扱いつつ、やがて善光寺の門前町・大門町という立地を活かしてこの土地ならではの工芸品を扱うように。

そうして戦後の頃に、武井工芸店という名称が定まっていきました。

「歩みを進める中で中心となっていったのは“農民美術”という木彫りのジャンルでした。
“農民美術”は、雪深い信州の農民たちが農閑期を利用して作り始めた、いわば副業のようなもの。しかし歴史が積み重なることで、技術が洗練され、独立した美術となっていったんです。

私たちはそういった、この土地ならではのモノづくりの流れを大切に活動してきました。現在も『心のこもった“信州からの贈り物”』をテーマに、農民美術を中心とした様々な伝統工芸品を扱っています。」

“牛にひかれて”も、武井さんが、“農民美術”の作家さんに話を持ち掛けたのが始まりだったといいます。

「もともと善光寺には、善光寺の伝説をモチーフとした“牛車”という郷土玩具が存在していました。ですが現代ではその文化が途切れてしまい、現存しているのは博物館に所蔵されている物のみ、といった状況でした。
それを知ったとき、私は『何か、善光寺の伝説、歴史を伝える“牛車”を時代に合わせてリメイクできないか』と感じたんです。 その想いを“農民美術”の作家さんに話したところ、“牛に引かれて”という商品が生まれました。」

 

京都の陶器屋さんに刺激を受けて 大門町への想い

子どものころから武井工芸店の影響で、モノ作りが身近だったという武井さん。伝統工芸や、郷土玩具への想いを話してくれました。

「伝統的な工芸品や郷土玩具は、生活や土地との関わりが深いもので、たくさんの人の想いが積み重なっています。
例えば先ほどお話した“農民美術”を紐解くと、当時この地域で暮らしていた農民たちの生活に行きつきます。そしてその歴史が積み重なった結果、現在にそれらが伝わってきている。

武井工芸店外観

私はそういった、郷土玩具・伝統工芸品に込められた歴史や想いを大切にして、伝えていきたいんです。
とはいえ、子どもの頃はそんなこと考えていませんでしたけどね(笑)」

青年期には、趣味の旅行を通じて出会った京都の陶器屋さんへ修行に。武井さんは当時受けた衝撃をこう振り返ります。

「最初に感じたのは『時代の先端をいく、気の利いた陶器屋さんだな』といった想いでした。
当時はモノづくりが恵まれていた時代で、色々なものが作られていましたし、売れていました。その陶器屋さんは、そういった時代背景を活かして毎月新しい商品を発売していたんです。そしてその陶器を、若い女性が次々に購入していました。」

陶器といえば、泥臭いモノづくりの本流の世界。その世界で活動しながら、たくさんの若い女性に好まれている様子に、武井さんは驚愕したのだといいます。

思わず店主さんに話しかけ、会話をしていくうちに東京にもお店があることがわかり、東京のお店に見学へ。
そうして働くこととなり、約3年、そのお店で様々な経験を積んだのです。

「社長、専務、上司、皆さんがとっても優秀な方でした。
後でわかったのですが、主要なデパートにも出店しているような企業で。お店の陳列も展示場というか、美術館のような、ステキな雰囲気だったのを覚えています。

物の売り方、企画の考え方、ブランドの在り方……。そんなことを3年間その陶器屋さんで学ばせていただきましたね。」

やがてお家へ戻ってきた武井さんがおこなったことは、お店のテーマを決めることでした。

牛に引かれて

「善光寺の門前町でお店を営む私たち武井工芸店が何を大切にしていけばいいのか。 選択肢はいろいろとありました。
善光寺の前に位置する立地。時間のなかで移り変わっていったこの町の歴史。 そして何より大好きで大切なこの町の力になりたいという想い。
それらを組み合わせ『心のこもった信州からの贈り物』を、武井工芸店のテーマとすることにしたんです。」

武井さんの想いは、お店だけにとどまらず、大門町全体の在り方にも影響を与えます。

「昭和50年あたりですかね、当時この町は『さびれゆく大門町』といわれていました。善光寺が栄えた江戸時代がはるか昔となり、明治、大正、そして戦争を経ていく中で、人々の生活の中心が別の地域へと移っていったんです。

この町はこれからどうなっていくのか?商店街の一員としてこの問題と向き合い『善光寺の前庭』という打ち出し方を考案しました。
ありがたいことに行政の方々にも賛同していただいて……。アメリカ出身の空間デザイナーの協力も得ながら計画を進め、松の木や常夜灯が並ぶ、今の景観が出来上がったんです。その結果、この町は国の『都市景観大賞』など景観に関する5つの賞をいただきました。」

 

武井工芸店 店内

善光寺の門前町 この土地ならではの歴史を大切にしたい

お店を継いでからどのくらい経ったか思い出せないほどに、長らく店主として活動している武井さん。
移り変わる時代と共に、お客さんの傾向も変わってきたと話します。

「20年ほど前はたくさんの人に買って頂いていましたが、ここ最近はあんまり売れ行きが良くないですね。
その代わりに外国の方々がよく来られるようになりました。いろいろなモノを買っていってくださって……。お店に世界地図を貼って、出身の場所に印をつけてもらえるようにしているんですけど、色々なところから来てくださっているんです。」

武井工芸店 店内

これからについて伺うと、武井さんは「歴史を大切にしていきたい」と語ってくれました。
「以前、聞いたのですが、この地域はどうやら善光寺ができる遥か前の、弥生や縄文の時代から人が住んでいたそうなんです。私の家の下にも、その時代の住居があるそうなんです。 そう考えると、とっても壮大な気持ちになるんですよね。

弥生、縄文の人々や、江戸時代の商人や武士、大名……。
時代をまたいだ、本当にいろいろな人がこの土地を踏みしめていたのかもしれない……。 そんなこの土地ならではの歴史をお店の活動を通して伝えていきたいんです。」

近年は、これまでの小売業に加え、“牛に引かれて”のように土地の魅力を伝える商品の企画も始めたという武井さん。
他にもお店での伝統工芸品の展示会のお話や、1700年ごろにつくられたという祭り屋台を修復してお祭りをしたい、といった地域を盛り上げる構想をたくさん話していただきました。 これからの武井工芸店、大門町の歩みが楽しみです。

この記事をシェアする